力強く復興を続ける歴史と自然に恵まれた相馬

南相馬市小高区役所名所旧跡

今となっては多くの人々にとって遠い記憶の彼方の出来事となってしまいましたが、東日本大震災の折は私自身が被災したこともあって、日本海沿岸の他の被災地についても少なからず関心を持ち続けています。

なかでも特に思い出深い福島県相馬市は、東に太平洋の広大な海原を、西には霊山をはじめとした阿武隈高地の山々を抱えた地形にあり、隣接する南相馬市とともに、福島県の浜通り地方でも代表的な都市となっています。

この相馬市のある一帯は、戦国時代には桓武平氏の流れを汲む相馬氏の本拠地となり、北に伊達氏、南に佐竹氏という有力大名の狭間に置かれても長く独立的な地位を保ち、江戸時代には中村藩6万石の城下町として、引き続き相馬氏の支配するところことなりました。

このことから、相馬市内には、相馬氏が代々にわたって信仰し続けた妙見神を祀る相馬中村神社のような歴史的なスポットがみられるほか、騎馬武者による神旗争奪という迫力ある神事で知られる相馬野馬追のような伝統行事も毎年のように開催され、多くの観光客を集めています。

また、海と山という自然豊かな環境であるところから、春夏秋冬それぞれの季節ごとの魅力が楽しめる場所でもあり、白砂青松が広がり「小松島」ともいわれる名勝地である海沿いの松川浦県立自然公園、地元の物産などに直に触れて購入ができる道の駅そうまなどが人気となっています。

海の幸・山の幸に恵まれた相馬のグルメ

周知のとおり、相馬市は東日本大震災と、これにともなう原子力発電所事故によって、重大な損害をこうむり、こうした市内の観光についても一時は危機的な状況に置かれましたが、現在では観光復興御案内処を新たに設置するなどして、力強く復興の歩みを進めています。

自然に恵まれた相馬市では、海の幸、山の幸それぞれが名産品として知られており、道の駅そうまのような観光拠点施設で実際に手にとって楽しむことができるほか、レストランなどもあります。

また、最近では地元のブランド化推進協議会により、さまざまなご当地グルメをインターネットを通じて購入できるという手段も設けられています。

海の幸に関しては、当地が冷たい親潮と、温かい黒潮という、2つの異なる海流が交わる潮目にあたることから、昔から天然の良好な漁場が形成されており、しらす、こうなご、あなご、ホッキ貝、あさり、青海苔、かれい、ひらめ、ズワイガニなどが名産品となっていて、これらを使った海苔の佃煮やホッキ貝粕漬といった加工食品もみられます。

山の幸に関しても、幸水などの味わい深い品種の梨、いちごといった果物を中心として、原木栽培の椎茸や、畜産ではブランド牛の相馬牛などが知られています。

なお、こうした地元の特産品などについても、東日本大震災による損害が大きく、特に水産物については原発事故の影響によって漁業の操業が制限されていたため、一時はまったく入手が困難となっていましたが、現在では厳しい放射線のモニタリングなどを通じて安全性を確認した上で、逐次漁獲・販売が開始されています。

観光スポットも豊富な相馬という土地柄

相馬中村神社

相馬中村神社は、天之御中主神、かつて神仏習合の時代には妙見菩薩を信仰の中心としてきた由緒ある神社で、相馬中村城跡の小高い丘の上に鎮座しています。

相馬中村神社のおこりは、平安時代、相馬氏の始祖にあたる平将門が、下総国に妙見社を建立したことにあるとされています。

現在の相馬市一帯を支配していた戦国大名の相馬氏は、中村、小高の2か所を拠点としていましたが、江戸時代に入ると中村が藩主の居城として固定化し、あわせて城内に妙見社が建立され、これが相馬中村神社の直接のはじまりとなっています。

急な石段の上にある立派な拝殿、本殿の建物は、江戸時代初期に当時の中村藩主が建立したものであり、国の重要文化財として指定されているものです。

また、この神社の神事として大勢の騎馬武者たちがこの神社を出陣し、勇壮な甲冑競馬や神旗争奪戦を繰り広げる相馬野馬追が毎年7月に開催されています。

道の駅そうま

道の駅そうまは、相馬市の観光の新たな拠点として、海側を走る市内の国道6号沿いに新たにつくられた施設であり、かつて大名がいたころの本陣のにぎわいをイメージしたものとなっています。

道の駅そうまは大型車も駐車可能な大規模な駐車場を完備しており、車で市内を訪れる人々のための休憩の場として重宝されているほか、内部には地元の魚介類や果物類など多数を即売する物産販売施設や、観光客向けの軽食施設などが設けられています。

また、東日本大震災の惨状を伝え、未来に向けて復興するための展示物の掲示をはじめとする情報提供施設や、地元の観光PRを兼ねて、さまざまな食材の調理・試食や、甲冑の試着などを通じて相馬野馬追の雰囲気を追体験できる体験実習館のような施設も設けられています。

松川浦県立自然公園

松川浦県立自然公園は、相馬市の市街地の中心である相馬駅から東に5キロへど離れた太平洋沿いの一帯で、白砂青松の広がる中洲をはじめ、大小の島々が浮かぶ特徴的な地形となっており、松尾芭蕉が絶賛した松島と比較して「小松島」と呼ばれることもある、風光明媚な観光名所のひとつです。

かつては遊覧船が就航し、釣りや潮干狩りもさかんでしたが、海沿いであるところから東日本大震災では甚大な被害を受け、松川浦大橋は通行不能となり、名物となっていた青海苔の栽培なども緒に着いたばかりで、かなり昔とは様相が変わってしまったところがあります。

現在は相馬市でも観光復興御案内処を開設して復興観光に努めているところであり、ゆくゆくはかつてのにぎわいを取り戻すものとして期待されています。

まとめ

福島県相馬市は、東に広大な太平洋、西に霊山を含む阿武隈高地を抱える自然豊かな場所で、福島県の浜通り地方の中心都市のひとつとなっています。

この相馬市一帯は、戦国時代にこの地に覇を唱えた桓武平氏の流れである相馬氏の拠点となっていたほか、江戸時代にも引き続き相馬氏の統治する相馬中村藩の藩庁が置かれ城下町となったことから、相馬氏の始祖の平将門が信奉したという本地が妙見菩薩、神道では天御中主大神を祀る相馬中村神社がかつての中村城内に鎮座しており、その本殿などの建築物は国の重要文化財にも指定されています。

また、この相馬中村神社の神事として、毎年7月に開催されている伝統行事の相馬野馬追は、大勢の騎馬武者たちが競馬や神旗争奪戦を行うというたいへん勇壮なものとなっており、全国から多くの観光客を集めています。

こうした歴史と伝統をもつ相馬市の観光拠点として、大名の本陣をイメージした道の駅そうまも海沿いを走る幹線道路の国道6号沿いに新たに開設されており、車で来訪した観光客の休憩利用はもちろのこと、地元の名産品などをその場で味わったり、購入したりできるほか、甲冑の着用による相馬野馬追の追体験などもできるようになっています。

海と山の豊かな自然を抱えた相馬市の特産としては、しらす、こうなご、あなご、ホッキ貝、あさり、青海苔、かれい、ひらめ、ズワイガニなどといった海産物、これを使った海苔の佃煮やホッキ貝粕漬などの加工食品、梨やいちごなどの果物、椎茸、ブランド牛の相馬牛などがあり、これらは観光拠点施設である道の駅そうまで購入することができるほか、最近はインターネットでの通販も可能です。

また、相馬市の豊かな自然といえば、太平洋沿いの一帯にあたる松川浦県立自然公園も特筆されるところで、白砂青松の中洲や大小の島々などの特徴的な地形から、宮城の松島になぞらえて「小松島」という美名で呼ばれることもあり、観光遊覧船や釣り、潮干狩りで人気でしたが、現在は東日本大震災の影響が大きく、状況が一変してしまっています。

しかしながら、東日本大震災、その後の原発事故による漁業の操業制限などによる甚大な被害を乗り越えて、相馬市では観光復興御案内処を開設し、地元観光の立て直しや全国の観光客への案内などに当たっているところであり、豊かな自然や歴史・文化といった貴重な地域資源の存在を踏まえて、かつてのにぎわいを取り戻そうとしているところです。

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