今昔物語集と天狗

山岳地民間信仰

平安末期の『今昔物語集』巻二十には、天狗の話が多数登場している。

民俗学者の柳田國男は次のように評して、『今昔物語』の編まれた時代が天狗信仰の高揚期であったとしている。

「我国には一種非常に奇怪な物語を喜び、利口な人が乗っては所謂空虚を談ずるといふ、一種デカダン気風の盛んな時代が有った。この時代を我々は仮に今昔時代といふ。天狗伝説に羽が生えて天下を飛び廻ったのはこの時代のことである」

飛行する震旦の天狗

『今昔物語集』における天狗観について、「震旦天狗智羅永寿渡此朝語第二」を例に見てみたい。

震旦の天狗智羅永寿(ちらえいじゅ)は、日本にすぐれた仏教の僧侶がいると聞いて、日本に渡って力比べをしようと、高速で天を飛行して日本にやって来る。

天狗はまず比叡山の余慶律師を誑かそうとし、老法師の姿に变化して待ち伏せするが、「火界ノ呪」によって身を焦がされそうになり手が出せない。

ついで飯室の深禅僧正を狙うが、天狗は彼の前に人払いをしながら歩く童子を見つけ、これが深禅の唱える「不動ノ真言」に感応して僧正を守護する制多迦童子の姿と知ってまたも失敗することになる。

最後に横川の慈恵大僧正が通るのを見た天狗は、この法師に取り憑こうとするが、口から「早キ真言」を繰り出し「止観」の状態を保つ慈恵には雑念が微塵もなく、天狗は逡巡するうちに老法師姿のまま随身に絡め取られて、腰を折られてしまう。

その後天狗は 「北山ノ飛ノ原ト云フ所」に催された湯屋の湯に浸って傷ついた身体を癒す。そこにたまたま通りかかった木伐人は、にわかに恐怖を感じ、「頭痛ク成テ。湯ヲモ不浴ズシテ返ニケリ」という。

この説話からは、天狗は身に翼が生えており、しかも尋常ならざる速さであったことが窺える。
『今昔物語集』所載の他の説話を見ると、「忽二大キナル屎鳶ノ翼折タルニ成テ。木ノ上ヨリ土ニ落テフタメクヲ。多人此レラ見テ奇異也ト思ケリ。」などとあるので、天狗は鳶の化身とみなされており、実在の鳶の性格が天狗のイメージ形成にも及んでいたことが考えられる。天狗が山中に住み、都にあっては好んで樹木の上に現れて怪異をなすのも、鳶の性質をよく表わしている。

異臭を放つ天狗

天狗はまた、異臭を放つ存在であった。同じ「今昔物語集』に天狗の出現を次のように表現している。

物ノハタリハタリト鳴ケレバ。何ノ鳴ゾナド思ヒ合へリケル程ニ。俄ニ狗ノ屎ノ香ノ清涼殿内に満テ臭カリケレバ

中世初期の『比良山古人霊託』にも、天狗の託宣を受ける際の問答に次のようにある。

「某甲僧正霊託之時。其手不浄物之香頻薫。若被用血肉不浄物等乎。」

そうであれば、異臭というのは肉食の穢れが身体の内部まで染み入った状態を感覚的に表現したものと思われる。

天狗による幻術

天狗はさまざまな幻術を使用することができた。「天狗現仏坐木末語第三」には次のようにある。

「今は昔、延喜の天皇の御代、五条の道祖神の在す所に、大きな実の成らぬ柿の木が有った。その柿の木の上に、俄かに仏が出現する事が有り、妙なる光を放って様々の花を降らせて極て貴くみえたので、京中の人は貴賎を問わず集まり詣でた。」

あるいは「伊吹山三修禅師得天狗迎語第十二」では、次のようにある。

「伊吹山で念仏三昧の日々を送る三修禅師は、天狗に誑かされ、西の山にある松の木が光り仏がやってくるという、にせの聖衆来迎を見せつけられた。天狗にさらわれた禅師はその後七、八日してから薪を採りに奥の山に入った僧侶により発見されるが、そのとき禅師は杉の木の末に縛りつけられており、二、三日後に狂死したという。」

このような天狗の秘力に魅入り、「永ク三宝ヲ不信ゼジト云フ願ジ発シテ」能力を授けられた外道法師もあった。彼らが天狗を祀ることによって得た能力 とは、男根を奪い取る術・沓を仔犬にして這わせる術・腹から狐を出して鳴かせる術などであった。

天狗による憑依

さらに「今昔時代」の天狗は、人間に憑依し、その人物の口を借りて自らの想念を吐露するという大きな特徴を示すようになる。和歌森太郎は、このことについて次のように述べている。

「怨霊というものの具体的な姿は、例えて云えば、非実在的妖怪鬼魅の畜類としての天狗のごときものではないかという彼の想像が徹底して、ついにそうに違いないーそうだというふうに進んだ結果、天狗も怨霊同様の社会的機能を帯びるかのごとくに認められてきた」

まとめ

以上のように、『今昔物語集』に見られる天狗は、外道の法師に祀られて験力を与えたり、幻術を用いて自ら僧侶を誑かしたりする仏法障碍の魔物として描かれており、その行動や姿形も具体性を帯びてきている。さらに「今昔時代」の天狗は、怨霊と相通じる性格を持つようになったことからより人間的な特徴を具えるようにもなった。