地蔵菩薩・観世音菩薩

地蔵菩薩民間信仰

地蔵菩薩

釈迦入滅から弥勒仏の成道に至るまでの五六億七〇〇〇万年の間、無仏の時代が続く。地蔵菩薩はこの期間の衆生済度を託寄されたもので、中国では唐代、日本では平安中期ごろから、末法思想の流布とともに信仰も盛んとなった。近世に造立の石仏中でも殊に多く見受けられ、その像容は、左手に宝珠(財物を生み疾病を避く)、右手に錫杖(善心に導く)を持った比丘形のものが最も多い。また、人は六道の何れに在っても仏の大慈によって救われるという考えから、地蔵を六体の分身として彫刻することも室町期以降盛んに行われようになった。

仏教にいう六道とは、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上の六界を指し、人はその業(行為)に基づいて、死した後も何れかの世界に再生するという。こうして人は、永劫に亘って六道の衢に生死を繰り返すが、これを仏教用語に輪廻転生(りんねてんしょう)と称し、前述の六地蔵造立の思想的背景となった。

更に、子安神との習合で、安産育児の子安地蔵造立も江戸中期からはじめられ、各郷村の婦人たちは子安講(十九夜講)を組み、月の一九日を縁日として地蔵に祈願した。多くは嬰児を抱いており、一見してそれと判別できる。なお十九夜講の信仰は本来的には月の出をを待つ行事(月待信仰)に由来するものであるから、本文中二十三夜塔の項も参照されたい。

地蔵は賽の河原の救済仏としての信仰も根強い。以下は伝空也作『西院河原地蔵和讃』の要約であるが、賽の河原信仰の性格はほぼ了解頂けるものと思う。

命短くしてはや死出の旅路を往く子らは、三途の河原(賽の河原)に小石を拾い、娑婆(俗世)に遺した父母を慕って廻向(えこう)の塔を組まんとする。が、積まんとすれば鬼が毀し、組まんとすれば鬼が崩し、緑児らは大いなる困しみを幼き身に負うことになる。愍んだ地蔵菩薩がその場に現われて、稚き児らは悪鬼共の凄々たる仕打ちから免るを得た。

石地蔵の前に小石を積んで供養する風習は、冥界にある嬰児に代わって廻向を行う意味合いを込めたものと見ることが出来る。地蔵に赤い涎掛けを献じるのも、こうした信仰の顕れである。その他、延命地蔵・疱瘡地蔵・田植地蔵などとして崇拝される様も夥多であり、地蔵信仰が種々雑多の民間信仰と融合してますますその勢威を弘めていったことが窺われる。

観世音菩薩

観自在菩薩とも称す。観音は略称。一切衆生を愍んで現世利益を施すといわれ、人々に最も親しまれてきた存在であった。観音信仰の歴史は古く、我が国では飛鳥時代から既に造像がはじまっている。近世の石仏をみても、観音の造立例は甚だしく多い。また観音は機に応じて様々に変化して衆生の求めに応えるとされ、その種類の多さにおいて他に比ぶべきものが無い。聖・如意輪・十一面・不空羂索(ふくうけんじゃく)・馬頭・准胝(じゅんてい)のいわゆる七観音はその代表的なものである。このうち聖観音は観世音菩薩本来の姿とされ、変化観音とは区別される。

馬頭観音

名に示すが如く、宝冠に馬頭を戴く異形の観世音菩薩で、多くは三面六臂で忿怒の相を表す。一切の魔障を破砕し、衆生を長く真理の道へ誘うといわれ、のちにはこうした信仰から道案内の仏としての性格も備わった。さらに、近世においては馬背による交通が以前にもまして盛んになったことから、馬頭観音を石に刻んで崇拝する風潮が広く農民層に高まりをみせ、往来至難な悪路の入口に、あるいは愛馬の斃れた路辺に供養を兼ねて、各所で造立が進められるようになった。

「馬頭観世音」「馬頭尊」など文字のみの刻された塔が主で刻像塔は少ない。これらの像塔は、難所が多く、また道の入り組んだ山間部に多く見られ、中には「右入四間、左川尻道」のような表示を加刻して道標としても用いたと思われるものがある。

また明治以降、「馬力神」なる文学塔が俄に姿を現すが、これは明治初期の廃仏毀釈運動の波及を示唆するものと考えられる。朝廷の伝える惟神の道よりすれば明らかに「異端」である仏教信仰から生まれた馬頭観音の造像が、禁忌と看做されるようになったのであろう。

さて、馬力神の呼称であるが、中国からの渡来神に馬櫪神なるものがある。馬櫪は厩舎を意味する語であり、馬櫪神は厩舎に宿りこれを守護する意と取れる。常陸方面には「馬櫪神」の文字塔も確認されており、その馬櫪神が転じて馬力神の称号が起こったものと思考されるのである。

如意輪観音

この付近では地蔵に次いで造立数の多い像塔である。持物(じもつ)に如意宝珠、輪宝があるので如意輪観音という。如意宝珠は意の如く財物や食料を生むとされる架空の宝珠であり、輪宝は古代インドの武具より転じて仏法が邪悪な観念を粉砕することを示した宝器である。つまりは衆生の物心両面からの救済を計図した仏といえる。一面六臂が一般で、右方一手を軽く頬に当てて思惟に耽る像形をとるのが特徴的である。

江戸期に民間で造立された石像をみると凡そ一面二臂であり、思惟相はとるものの、宝珠、輪宝などの持物は労を厭ってか彫刻されない場合が多い。茨城、およびその近隣県では十九夜講の本尊として彫刻される場合も少なくない。また庚申講の本尊として造立されることもある。

補遺

地蔵菩薩を祀る有名寺院:関地蔵院、木之本地蔵院
観世音菩薩を祀る有名寺院:観音寺(聖観音)、西大寺観音院(千手観音)、中田観音(十一面観音)